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『ジャコメッティ 最後の肖像 』──アーミー・ハマーがもったいない(笑)(★★) [映画レビュー]

 

『ジャコメッティ 最後の肖像 』(スタンリー・トゥッチ監督、

2017年、原題『FINAL PORTRAIT』)

 

 画家が絵を制作していくのをテーマとした作品に、『美しき諍い女』や『マルメロの陽光』があるが、とくに劇的な何かが起こるわけではないのに、ただただ画家と描く対象との無言の対話を描いただけなのに、しだいに対象とのドラマが浮かび上がってきて、絵を描くとは何かを哲学にまで高めている点で、上記二本は映画史的にも記録されうる作品であるが、果たして本作は、どうだろう? 彫刻で名を残しているジャコメッティという「ブランド」に、絵画作品がある。ブランドゆえに、ありがたいので、作中でもあるように高額な値段がつく──。

 「最後の肖像」はいいが、当の彫刻作品は、本作の場合、背景を飾る「ファッション」である(笑)。ジェフリー・ラッシュの「なりきり」も、ああいう扮装をすれば、誰でも、たとえば、ダスティン・ホフマンにだってできただろう(笑)。

 戦前のパリならいざ知らず、1964年のおパリに、堂々と「娼婦」が闊歩していたのか? しかも、けっこう美しい。パリの娼婦とは、ブラッサイの写真集に活写されているとおり、「肉の切れ端」のような存在である。

 それにまあ、ジャコメッティの妻役の、洗濯板(フランス人がこういう表現を使うかどうかわからないが(笑))、のような胸はどうだ? あれじゃ、ジャコメッティならずとも描く気はしないだろう。

 彼を取材したアメリカ人の美術評論家の青年が、モデルになるように頼まれて、すぐ終わるはずのそのモデルが、絵がなかなか完成しない……とあらすじにあったので、いったい、何ヶ月? 何年? と思って観たら、たったの18日だったので拍子抜けした(笑)。

 まあ、本作は、そのモデルを頼まれるアメリカ青年役の、アーミー・ハマーの完璧な美にのみよりかかっていると見た。これがなかったら、素人作品と見紛う映画である(笑)。それも、ジャコメッティの内面が、この青年への愛のようなものとして、微妙さを描ききれておらず、正直後半寝落ちした(爆)。アーミー・ハマーがもったいない。彼に★ひとつつけて、まあ、二つがいいとこだな。



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