【詩】「汽車」 [詩]
「汽車」
Sifflement de Proust
1908年頃、プルーストは、まだ評論とも小説ともつかぬ
断片を書き始めて、その話者は、幼少時に眠るときの習慣
を、夜の闇と記憶の闇に重ねて、そこに汽車を走らせ、
sifflement という言葉を入れた。
それは、その五十年前に、ボードレールによって開拓された感情で、
*「港に碇泊している船の群れが、『私たちはいつ幸福に向って出発するのだろう、』と、言っている所を彼が想像している一節がある。そして彼の後継者の一人であるラフォルグは、『乗り遅れた汽車は何と美しいものだろう、』と書いている。」
汽車はひとりさびしく乗り捨てられて、
もはや誰にも期待されず、
ノスタルジーさえも乗っては来ず、
ただ、遠い銀河の見つけるのさえ困難な星の
データベースに存在する。
Sifflement ……ポーという音。
その音は記憶を形成し感情を生み世界を
闇の色に塗りつぶし、時間を与えることによって
ひとりの作家を誕生させる。
(* T.S.エリオット「ボオドレエル」(1930年)吉田健一訳『エリオット全集』第四巻(中央公論社))
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