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『イソップの思うツボ 』──和製タランティーノ、上田慎一郎(★★★★★)

『イソップの思うツボ』( 上田慎一郎 中泉裕矢 浅沼直也監督、2019)

年)上田慎一郎 中泉裕矢 浅沼直也

 

 私はかねがね、日本映画が世界レベルで勝負をかけるには、ハリウッドのまねは不可能、異国シュミを売るのは古すぎ、素人まるだしシュールな映画はお手軽すぎ、で、結局、日本的な現実の細部をどこまでリアルに描くかに、ひとつの道があるのではないかと思っている。しかも、低予算がまるわかりなのもおそれずに。低予算ということでいえば、ちょっと前に観たヨーロッパ映画は、俳優がひとりで舞台のように演じる、ワンカットの映画だったが、ああいうのは、誰でも思いつく。

 しかし上田慎一郎監督は、『カメラを止めるな』のような答えを出してきたのだが、第二弾である本作によって、氏のスタイルがより明確になった。それは、

 

1,有名俳優を使わないことによって、俳優の肉体も含めた「ステレオタイプ」演技を排除し、展開を見えなくさせる。

2,「実は映画だった」で、メタを意識させ、かつさらに、「でも現実だった」でそれを裏返す手法で劇的なものを取り入れる。

3,俳優陣は顔が知られてないだけで、演技力は十分にある、とくに主役の亀田美羽の、ある目的のために「演技している」キャラクターと、地が百八十度違うが、そのどちらも説得力をもって演じているその演技力は大したものである。

4,映画がかなり進行してからタイトルが出るのも、毎度意表を突くが、その展開で使われているノリのいい音楽は、すぐれた洋画を思わせるほどセンスがいい。

5,上田監督のテーマに、「映画」があり、毎度、筆書きされたタイトル(今回は「亀田家の復讐」)の脚本が結構「演技」をし、クサくかつ生々しく、これだけでも十分に笑いをとっている。

6,今回、監督は、三人であるが、上田監督以下の監督は、『カメラを止めるな』の助監督、スチール監督で、これは、違う人間がやることによって、異質な部分ができて、一本調子の「物語」を避けることができる

 ……てなてな感じで、今回も、「あるあるこんな人」が多々出てくるが、その表現が細かいので、批評になり得ている。

 こういう作品を、素人とかチャチとか信じ込んでしまう人は、まー、アタマが紋切り型になってしまっているんですね。




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