【詩】「金星応答なし、パパからの手紙」 [詩]
「金星応答なし、パパからの手紙」
1908年、シベリア中部に落下したツングース隕石には、磁気コイルが入っており、情報が収められていた、という、「古い物語」は、「新しい物語」に置き換えられたら、磁気コイルはどんなものになるのか? 情報を収める装置として人類が考えたのは、せいぜい、0と1からなる信号を極小回路盤に配置することである。これからして、ものすごく「古い」とは言えないか?──
パパからの手紙は鏡に書かれており、書かれているのは通常の文字ではない。脳が睡眠と覚醒のあいだを往復するとき見える像である鏡に、ガウンを着たパパの姿が、1/2秒映る。すでに長い時間だ。だが、私は、そのなかに、なんら情報を読むことはできず、ただ、パパからの手紙だと認識するだけだ。──
かくして、宇宙船は、火星ではなく、金星に向かうことになった。それは21世紀のハナシ。32世紀では、千メートルの長さの巨大宇宙船に乗って、人類は、マジェラン星雲を目指す。物質と、
記憶の、物と魂の問題さえ解決できず、人類はさまよう。──
57世紀。いまだ、愛の物語を信じる人々がいて──
102世紀。かつての太陽は、まだ燃え尽きずにいて──
305世紀。いまだ、世紀の概念は採用されていて──
人類は、どんな姿をとっているのか。
それは、われわれには見えない。想像もつかない。
My daughter...
そのとき、世界は突然終わるのだ。
誰も予想しないその時。
Cette feinte initial ne dure qu'un《instant》.*
建久七年、西暦1196年、おれは33歳になった。四月廿三日、陰、巳後雨降、巳時着束帯、随身二藍袴、童萌木紅梅袙着之、牛童、參大炊殿、車即女房見物出車料献了、又舊車送宮女房許了、
あらざらむ後(のち)の世までをうらみてもその面影をえこそうとまね
あらざらむこの世のほかの思ひ出に今ひとたびの逢ふこともがな (和泉式部)
西暦30401年、おれは女になっていた。だが、「西暦」になんの意味があるのか? いや、それこそ、パパからの手紙に違いない。
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* Henri Bergson "Matiere et memoire" 第1章の註1より