伊藤浩子詩集『たましずめ/夕波』──平成最後の華麗なるテクスト群(★★★★★) [Amazonレビュー]
『たましずめ/夕波』(伊藤浩子著、 2019年3月27日、思潮社刊)
そういや、自分は「詩集研究家」でもあった(笑)。本書も、生協経由e-hon(5%オフ)で購入しました。著者は、常に、文学的に、同年、同類の、居並ぶ詩人を一歩リード、しかも、ラカンだのフロイトだのを「振り回して」、何でも読み取っていこうとする、ほとんど絶望的な試みを果敢にされていて、他の追随を許さないので、5%offでも、3000円以上するこの本を買いました。(定価は、3200円+税)詩集は、身銭を切ってこそ価値のあるものと信じます。
本書は、縦長変形の、みるからに、「たかそー」な本である。柳田国男『遠野物語』をテクストに、精神分析と著者自身の感性を縦横に往還させる新たなるテクスト。欄外の上下、行間にはみ出す註。これに拮抗できるのは、おフランスのデリダのみ。平成最後の傑作と見た。まー、買って読んでみてください(笑)。
しかし、令和になったら、このようなテクストは、ブラックホールに吸い込まれてしまうかも(笑)。
『ハンターキラー 潜航せよ』──『レッドオクトーバーを追え!』が懐かしい(★★★) [映画レビュー]
『ハンターキラー 潜航せよ』(ドノヴァン・マーシュ監督、 2018年、原題『HUNTER KILLER』)
叩き上げの、米海軍攻撃型潜水艦、艦長のジェラルド・バトラーのでかい顔は、それなりに、暗い潜水艦の中では目立つ。粗い演技も、まあ、こういう仕掛けの映画には、妙に共感を呼ぶ。が、しかし、きわどいスジに配慮しすぎで、アメリカ大統領は、女性。一方、ロシア大統領は、プーチンとは似てもにつかない、筋骨隆々の美丈夫。主演バトラーも、助演オールドマンもイギリス人、捕虜となるロシア潜水艦艦長の俳優は、スウェーデン人。で、どういう筋立てかというと、行方不明の米潜水艦の捜索命令を受けた、潜水艦「キラーハンター」が、極秘裏にロシア海域に侵入すると、そこには、攻撃を受けたロシア潜水艦が漂っていた──。
近づいて、攻撃された穴をみると、それは外部からの魚雷攻撃ではなく、内部の爆発物だと、ノンキャリアでも現場の経験豊富な艦長のバトラーは判断する。内部には、生存者がいて、ロシア人の艦長と部下が二人。二人を救助し、捕虜とする。一方、ロシアでは、国防大臣がクーデターを謀り、大統領を拘束、アメリカを核攻撃しようとしていた……。ことを、ロシアに潜伏していたネービーシールズが、知り、参謀本部に、ドローン画像を送る。
「ハンターキラー」に攻撃命令が下るも、世界戦争を避けるため、バトラーは最後までこらえ、相手に先に攻撃させて、迎撃し、相手を壊滅させ、ロシア大統領を救う……てなハナシなんですけどね(笑)。そして、バトラーは、あの大顔で、あくまでりりしく、観客の感動を誘う。ま、こういうリアリティのなさでも、感動できるヒトはいいですね、という、そういう映画。
最後までエンドクレジットを見ていたのは、私ひとりでした(笑)。アレック・ボールドウィンが副艦長(艦長は、ショーン・コネリー!)だったかな、で、最高にかっこよかった、『レッドオクトーバーを追え!』(1990年)がなつかしー(笑)。この映画の超豪華キャストには眼を見張るばかりである。もう30年近くも経っていたなんてね。
【詩】「この女たちのすべてを語らないために」 [詩]
「この女たちのすべてを語らないために」
狭い焼却炉で焼かれていく父の
最後の陰毛の一本、その色、
あるいは、宇宙空間に漂うナチスの
文字。ああ、オデュッセウスよ、決して
渦巻きを見つめてはならぬ、かつて、
私は地中海の水に足を浸したことがあった
九月の初めで、水は、
氷を思わせるほど冷たかった、だから、
難民の粗末な船から落ちた子どもは
死ぬ
そんな未来の悲惨さなど知らない私は、
それでも必死で水中を見つめ、そこに
ヴァレリーがほほえむのを
見た。
見よ、魔女はどこにでもいる、この女たちの
すべてを語らないために、
同題の、はじめてのカラー作品を作った
ベルイマンは、あえて、
その作を失敗作とする
必要があった。
『リヴァプール、最後の恋』──リトル・ダンサー、ジェイミーの体が美しい(★★★★★) [映画レビュー]
『リヴァプール、最後の恋』(ポール・マクギガン監督、 2017年、原題『FILM STARS DON'T DIE IN LIVERPOOL』)
『ラッキーナンバー7 』(2006)で、パズルのような展開を見せた、ポール・マクギガン監督ゆえに、今回も、そう簡単には、老いた女と若い男の恋を描かない。たとえ、女が往年のスター女優で、四度の結婚、そして、その夫のひとりは、義理の息子にあたる人物で、しかも、今回の「恋人」と、ほぼ同年の息子もいても、お互い独身であるのだから、世間的には、とくに咎めだてされるものではない。それを前提に、若い男の方の、家族(母、父、兄)が、二人に協力し、支えてくれる。アットホームな(笑)恋愛モノなのである。これが、男が年上の方だったら、なんの問題もない、というか、ドラマも生まれないことであろう。
アネット・ベニングはそうすきな女優ではないし、対する、若い恋人役の、ジェイミー・ベルも、地味で色気もないように思った。しかし、若い男との恋は、私のテーマ(笑)なので、見ないわけにはいかなかった(笑)。見てびっくり、こんな陳腐なハナシを、実に魅力的に、おしゃれに作っているのである。ハナシは飛ぶが、スピルバーグの『ウェストサイド・ストーリー』のリメイクに期待がかかる。
『リトル・ダンサー』のジェイミー・ベルは、やはり、ダンスが得意なのか。トラボルタの踊りをマネするシーンはすばらしい。何度でも見たくなる。しかも体がたいへんきれいで、顔の作りは地味ながら、端正な表情が出せる。若い男が、冷やかしでなく、本気で年上の女を愛する誠実さが伝わってくる。一方、アネット・ベニングも、素顔を晒し、シワもシミも、フェイスラインの崩れ具合も、恋愛にはなんの支障もないことを納得させる。
ジェイミー・ベルが部屋のドアを開けるたびに、時間が飛んで過去のシーンへと展開し、舞台じたてのようであり、リヴァプールと、ニューヨーク、カリフォルニアの、舞台の国と、ハリウッドを比較させ、ベケット、シェークスピア、テネシー・ウィリアムズなどへの、言及、引用をし、最後は、ほんとうの恋の終わりに涙を流させるという趣向は、たいへんなワザである。
『現代詩手帖 2019年 04 月号』──日本に詩は存在しない (★) [Amazonレビュー]
『現代詩手帖 2019年 04 月号 』( 2019年3月28日、思潮社刊)
いま、とくに文学シュミのない一般人のあいだでも、テレビの「プレバト」で、俳句を「ならってみる」のはブームである。俳句は文字数もすくなく、「場の文学」であったので、独立して作品を見た場合、どの程度の文学レベルなのかはよくわからない。誰でも、「ひねれる」。それが、ついに、詩にも及んでしまった。本誌は、その証左である。どこの誰ともしらない、本誌の編集者が権威と信じる御仁が、えらそうに、詩を指南している(笑)。こんなものを、1000円以上も出して買う、一般読者がいるとも思えない。
もともと、日本における現代詩とは、フランス近代詩の輸入から始まった。それも、誤った解釈の輸入であった。T.S.エリオットによれば、フランス近代詩がどんなものかよくわかる。それは「象徴派」という言葉で一括りできる集団であって、決して個人個人の詩人の芸術ではない。近代詩の正統は、イギリスの詩にある。それをまったく学んでいない日本の近代詩人、現代詩人の「作品」は、恣意的な短文のつらなりにすぎない。その短文の作者を権威づけて、自由にあやつり、この雑誌は成り立っている。すでに地方の大型書店にさえ見あたらず、発行部数は、500部程度とみた。
【詩】「序文の海」 [詩]
「序文の海」
たとえば、L・ビンスワンがーの『夢と実存』は、M・フーコーの序文の方が、本文より長い。そこまでいかなくても、フーコーの序文は常に長く、そこで、本文が要約され、要点も示されているから、それを飛ばすことはできない。
おおむね外国の本はそんなふうである。飛ばして本文へいきたくなるが、そうすることは、得策ではない。
岩波の『新 日本文学大系』でもそれは同じことで、「万葉集」なら、「万葉集」という書名の意味が、書誌的に語られている。
「万」とは? 「葉」とは? 「集」とは? 各時代各人各説。
序文の海をかき分け、本文(ほんもん)に達すれば、
飛ぶ鳥の 明日香の川の 上つ瀬に 生ふる玉藻は 下つ瀬に 流れ触らばふ 玉藻なす か寄りかく寄り 靡かひし 夫(つま)の命(みこと)の たたなづく 柔膚(にきはだ)すらを
人麻呂が作っていく古代の言語空間
桜は、(育てやすい)ソメイヨシノにあらず、山桜なり
神話はアレゴリーにあらず、古代の生なり、
と、本居さんは書いていたやうな……
けだし=If...
仮定法が続くなり
序文の海漕ぎゆかば、そこは、べつの神の国なり
『バイス 』──俳優の楽しみ満喫フハフハ暴露モノ、メタ味(★★★★★)
『バイス』(アダム・マッケイ監督、2018年、原題『VICE』)
「記者たち」の裏狂言といっていいほど、時期(9.11直後)といい、焦点(イラク爆撃)といい、重なっている。「記者たち」では、アメリカの「テロとの戦い」において、9.11首謀者と通じていると思われたイラクのサダム・フセインが、大量破壊兵器を隠し持っているといって、イラクを爆撃するという行為が、是か非か、から始まって、細かい取材を重ねて、有名ではない新聞社の記者たちが、「真実」を証してみせるというものだった。
同じ「歴史的事実」を扱いながら、本編では、この時代の主役の大統領というよりも、目立たない副大統領に焦点を当て、当時の政治のからくりを暴露してみせるという趣向だ。本編の主役、しかし、チャーチルやヒットラーのような「スター」ではなく、ジョージ・W・ブッシュ大統領の補佐でしかないように見られた人物が、実は、大統領その人ばかりか、法律さえ都合のいいように変え、アメリカじたいを手玉にとっていたという、まさに「驚愕すべき」事実である。
「アメリカの議員はクズばかり」と、それを描ける自由を考えず、怒っている素朴すぎるレビュアーに、こちらは驚愕(笑)するばかりなのだが、よく考えてみれば、このテのワルは、歴史的にはそれほど稀でもないだろう。そして映画の趣旨は、そのワルには、家族もあれば、繊細な愛情もあれば、という「人間的な」面を描きながらも、決して共感へは誘わず(笑)、メタ・フィクションすれすれに、遊びながら描いてみせることにある。かなり高級ワザの映画である。その高級さを支えるのは、体重を20キロ増やしてチェイニーその人になりきる、クリスチャン・ベイルと、死に神にたとえられた、ラムズフェルドを演じる、超一流のカメレオン、スティーブ・カレルほか、「なりきりそっくりさん」の俳優たちである。これぞ、俳優の楽しみ。まー、俳優って、ほっんと、楽しいもんですねー。で、ある。それにしてもだ、旬の美青年、ティモシー・シャラメの父親を演じる、カレル、そのマジ顔のチラシの写真は、こちらの方が、思わず笑えてくるほどである。よー、こんな表情できるよって(笑)。
【詩】「多くネットに流れている詩をパロってみまちた」 [詩]
「多くネットに流れている詩をパロってみまちた」
あなたのことを忘れたくても
忘れられないコカコーラゼロ
だってあなたはわたしの……
なんなんだろ?
思い出は桜色のスパークリングワインみたいに
はじけて、
影のなかに溶けていく
こころとこころを重ねて
春の空のなかに溶けていった……
るんるんるん
鳴いているのはわたしのこころ?
「恋」って書いて
ちぎって窓から捨てます。
そう、桜田淳子は歌ってた、
統一教会?だったかの集団見合いで、
すてきなダンナを見つけた桜田淳子。
なんでも、有名人は、一般人とは別枠で
あらかじめ、プレアラーブル(ここんとこ
おフランス語)、わかっているヒトだったとか……
そんな週刊誌?の記事だったかな、
を、読んだのもはるか昔
その記事の記憶のすきまから、
表れるあなたの姿、
忘れたくても思い出せないと言った、
鳳啓助のギャグ。
なんでも顔面の肉腫で、顔を切り取られていったケースケ、まるで、青山和子一曲歌手の「愛と死を見つめて」で、
吉永小百合が演じた役みたいに、ああ、顔の反面をガーゼで覆っていたな、
「あんなケーチャン、ケーチャンやない!」と、病院を見舞って報告した、元妻京唄子、口裂け女、が、
出没した時代もあって、なんでも、夜道に立って、
「あたしきれい?」と、通行人に問いかけて、マスクを取ると……
口が耳まで避けていたとか……それって、
赤頭巾ちゃんが訪問したおばあちゃんの姿じゃん。
あなたのことを忘れたくても、
忘れられない春の空
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【裁判】「『娘と性交』無罪とする裁判長の論理は完全に狂っている」 [ニュース]
中学2年から、実の父親から性的逆を受けていた、19歳の専門学校生の裁判で、「現時点での」父との性交を、長年の虐待に関しては、抵抗することを断念している状態であったと認定しながら、抵抗不能だったとはいえず、と、父親を無罪とした裁判長の論理は、完全に狂っている。
いかなる法律が問われているのかは知らないが、法律とは、論理なのであるから。
また、法律的視点とはべつに、「普通の常識」から眺めてみれば、これもまた、完全に狂った世界である。この「男女」が性交している姿を、どのようにひとは、想像すればいいのか?
吐き気を催すとは、このことである。
https://www.yomiuri.co.jp/national/20190405-OYT1T50270/