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【昔のレビューをもう一度】『犬ヶ島 』──ゴダールはすでに終わっている。 (★★★★★) [映画レビュー]

『犬ヶ島』(ウェス・アンダーソン監督、2018年、原題『ISLE OF DOGS』 2018年6月4日 10時52分
 
  ウェス・アンダーソンは、世界でほぼただひとり、映画で「現代思想」を表現している作家だ。それは、『ザ・ロイヤル・テネンバウムズ』(2001年)の時にすでにその萌芽を宿していたが、そのときは、ちょっと変わった映画監督にしかすぎなかった。テネンバウム家の三人の子どもはすべて天才児で、若くして成功している。という設定じたいが、今回の『犬ヶ島』で、現市長を選挙で破り、メガ崎市の市長となって、「ドッグ・ファースト」の街を作っていく12歳の少年、小林アタリを予言させる。『テネンバウムズ』では、長女は12歳で劇作家デビューしていて、これを、グィネス・パルトローが演じていて、アンダーソンのポスト・ポスト・モダン思想をすでにして体現していた。
 本作は、『ムーンライズ・キングダム』(2012年)の延長線上にあるような作品で、子どもの独立、島(しきりに島の見取り図が示される)、冒険、劇的な音楽、物語からの逃走が、基本として揃っている。従来の世界を支配しているおとなたちは、すでにどうしようもない迷路に陥っていて、ここから新しい秩序を作るのは子どもなのだった。そのヒーローに、小林アタリ、そして、彼を助けるのが、ふだんは人間どもにいいように扱われている犬たちである。そして犬の声を演じるのは、「かわいい」はほど遠い、オッサン俳優たちである。彼ら、ビル・マーレイ、ジェフ・ゴールドブラム、エドワード・ノートン、リーブ・シュライバーといった、ウェス・アンダーソン組常連の大物俳優たちが、早口で活きのいい口語英語をまき散らす。合間に、日本語が入る。音はカタカナによって視覚化され、デザインにもなって、映像美を形づくる。おバカ三兄弟のインド旅行を描いた『ダージリン急行』(2007年)の「主役」が、マーク・ジェイコブスデザインの旅行かばんだったところにも、この監督のデザイン性は表れていた(この作は、『戦場のピアニスト』で人々の涙をしぼったエイドリアン・ブロディが、ひとを喰ったお調子者で出ていることも見所である)。
 『グランド・ブダペスト・ホテル』(2013年)で、すでに、「ポスト・ポスト・モダン性」は頂点に達したかに見えたが、アンダーソンは、本作で、さらにその思想を深めたように思えた。それは、英語、日本語が入り混じり、古いものと新しいもの、歴史と現在が混じり合っているネット状況が、こうした作品を可能にしたように思える。その世界は、かぎりない細部へのこだわりが、未来への道しるべとも思える。
 今年のカンヌ映画祭で、かのゴダールが、いかなる姑息な方法を使おうが、すでに「そのスタイル」は古び、なんらかの思想を伝えることは不可能だった。いま、ウェス・アンダーソンのみが、今の思想を表現しうる。



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