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【日本の短編を読む】高見順「或るリベラリスト」 [文学]

【日本の短編を読む】高見順「或るリベラリスト」(『文藝春秋』昭和26年5月号)(四百字詰め換算、約90枚)

 

 蓮實重彥は『物語批判序説』で、物語=紋切り型を批判したが、それは物語のきれいな型に収まっているものを、小説とはしないという考え方だった。そして、文芸作品というものは、芭蕉の俳諧(俳句は、正岡子規以降)も、時代背景抜きには味わうことはできないと説いたのは、小西甚一である。そのように、小説も、時代背景を無視して、勝手な「物語」をそこに見いだしても意味がない。

 本作も、昭和26年の時代と、きっかり切り結んでいるものであり、そこには、当時の知識人たちの、味気ないほどリアルな生活が、見落としがちな心理や状況をすくい取って、それなりのストーリーを展開していく。

 ここでは、人々は、職についているかどうかはあまり気にしていない。現在なら、介護の問題がどの家庭にも重い問題となってのしかかってきているが、ここでは、なんと、赤の他人を引き取って、介護しているのである。それがとくべつ、褒められることでも、また、その他人をよそへ渡すことにも、罪悪感を持って描かれている。

 いまでいう、知識人ゴロのような老人(といっても60代)をめぐって、作家や学者が、友情などに、ひびを入れられたりするが、その老知識人を見放せずにいる。その老知識人は、いまでいうなら、現代思想家の若者みたいにけろりとしていて、厚かましく、ひとが病気で寝ていても、平気で訪ねてきて、おしゃべりしていくような人間である。この頃の人間は生真面目で、そう簡単に図々しい人間さえ、身捨てるという選択肢は思いつかない。

 文体は、秀島という、視点人物を据えて語られるが、かなりリアルではあるものの、私小説というわけではない。それが証拠に、最後には、ロシア文学の「余計者」へと「昇華」させていく。文体はリアリズムで無理のない言葉運びながら、「技巧」をまったく目立たせないほど技巧的である。

 結局、おしゃべりなリベラリストの奥村老人を、みんなして養老院へ送っていくのだが、そこはもう二度と出られぬ牢獄のようにも感じられる。最終数行、

 

 秀島の眼にこの老リベラリストが、今ほど悲惨に、だからまた今ほど立派に見えたことは嘗てなかった。悲惨であることによってその姿は光栄と権威に輝いていた。

 奥村氏はまだおしゃべりをやめない。秀島はそっと目頭に手を当てた。

 

 

 


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山葡萄色のプルースト [文学]

山葡萄色のプルースト、と、山葡萄色のらくがき。

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山葡萄という名のインク [文学]

山葡萄という名のインク。

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一等国、フランス [文学]

一等国、フランス。


 


「パリのパサージュの多くは、一八二二年以降の一五年間に作られた。パサージュが登場するための第一条件は織物取引の隆盛である。流行品店(マガザン・ド・ヌヴォテ)、つまり大量の在庫品を備えた初期の店舗が登場し始める。これは百貨店の前身である。それは、バルザックが『マドレーヌ教会広場からサン=ドニ門まで、陳列された商品の大いなる歌が色とりどりの詩句を歌っている』と書いた時代である。パサージュは高級品が売られるセンターであった。パサージュを飾り立てるために、芸術が商人に仕えている」(ヴァルター・ベンヤミン『パサージュ論1』(今村仁司ほか、訳、岩波書店)


 


これが、そのあたりである。


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90歳の運び屋 [文学]

【詩】「夜よ物語を終えよ」

野球帽の

ひさしの角度で……←実はこの詩は、クリント・イーストウッドの90歳の運び屋のチラシを見ながら書いた。かっこえー、と思ったんで(爆)。



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アレを訳さねば [文学]

S社で世界文学全集の編集に携わっていた友人が、「学者の翻訳はだめだ!」と言っていたのを思い出す昨今、アレを訳さねばと思うのであった。


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詩の現場 [文学]

同人誌だけに詩を発表されている方々の詩を読んだが、なにかドツボな感じがした。ネットで発表されている方々との差はどんどん開くかもしれない。それだけ詩はナマモノということかな〜?

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読めない展開(笑) [文学]

2年くらい前に、200枚くらい書いていたミステリーを読んでいたら、自分で書いたにもかかわらず、スジが読めなくて、犯人もわかないのだった。どーするこの先?(爆)

 


(とりあえず寝ます(笑))



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意味という病? [文学]

「意味という病?」

 

柄谷行人の『意味という病』がWide版の講談社文芸文庫になって出ていたので、すでにハードカヴァー版は持っていたが、この機会に読んでみようと、読み始めると、まったく「意味がわからない」(笑)。柄谷行人の本は、かなり持っているが、どれも、そんなふうで、中断したものばかりだ。体質が合わないというか、そういう文筆家がいるのだと思う。歴史的な哲学者のなかにも。著者のせいでも、自分のせいでもないと思うが。

たとえば、本書の冒頭、

 

「『ハムレット』の中に、『芝居の目指すところは、昔も今も自然に対して、いわば鏡を向けて、正しいものは正しい姿に、愚かなものは愚かな姿のままに映しだして、生きた時代の本質をありのままに示すことだ』という有名な台詞がある。これはシェークスピア自身の藝術論と目されているが、むろん今日のリアリズムという文芸思潮とは何の関係もない。だが、これを心を虚しくして自然を視ることだといって澄ましていていいわけではない。この素朴ないい方の中には、おそらくドストエフスキーのような作家だけが匹敵しうるような凄まじい明視力がひそんでいるからである」(「マクベス論」──意味に憑かれた人間)

 

なにを言っているのか、私にはさっぱりわからないのである。昔の同人誌の仲間で、松下(菊池)千里さんという人がいて、柄谷行人を大変尊敬していた。彼女が、群像評論新人賞の優秀作に選ばれたことがあって、その際、彼女は、「柄谷行人を紹介してもらえることになったの」と喜んでいたが、その後、紹介されることはなかったようである。そのとき、彼女は、30代半ばくらいで、のち、共通の知人によれば、「40歳までに評論家として自立したい」と言っていたそうだが、それが不可能と知って、自殺した。共通の知人は、そう語っていたが、果たして、自死の原因など、はたからわかるものではない。事実は、彼女が、30代半ば(実際の享年を調べる意志は私にはないので、記憶で言っているのだが)で、自らの命を絶ってしまったことである。私には、そういう「勇気」もないが。

 

実は、彼女の評論も、何を言っているのか、私にはさっぱりわからなかったのである。

 

つまり、そういう、さっぱりわからない人たちがいる。それをわかろうと、時間をかけるのは、無駄なように思える。

 

ただ推測できるのは、彼らが、文章を書く際に、「自明のこととして前提している」場所が違うのではないかということだ。これがすんなり理解できる人々もいるからこそ、彼らはなんらかの「評価」をされているのだろう。

 

『群像』と言えば、最近、評論賞の選考委員になっている、「日本の知性」と表現されている、哲学者の熊野純彦氏の文章は、意味はわかるが、これも、どうも受け入れがたい。哲学者なのに、どうしてこうも、感傷的な、あるいは、通俗的な文章を書くのだろう、と思ってしまう。最近新しくなった、岩波文庫のベルクソンの訳者が、この熊野氏であるが、なんで、こんなおセンチ註を入れるのか?というほど、わけのわからない状態になっているので、自分としては、使えない。旧訳を参考にしつつ、自分で訳して使うしかないかなとも思っている。

 

こんな私でも、すらすら頭に入ってくる著述家もいる。それは、小林秀雄であり、河上徹太郎である。




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「出版革命」? [文学]

「出版革命」?

 

ある男が、「いつかまとまった金を作って、オンデマンドでない詩集を出したい」と言って、ISBNも取得していた。これは取得に4万円ぐらいかかる。本を識別する数字だが、はっきり言って、自費出版には意味がない。書店に置いてもらっても、その場所が問題である。たいていは、奥の隅っこである。あるいは、「自費出版コーナー」(爆)。店のいちばんよい場所は、「売れ筋」著者の場所である。最近は、大手出版社だけともかぎらないが。オンデマンドでない本を夢見る人は、勝手に、本屋のよい場所に自分の本があるのを思い浮かべる。しかし、それは妄想である。

実は、私は、製直.comのオンデマンドは、この男がやっていたので気づいたのである。

 

私は、この方式がかなり気に入っている。校正はできないので、まず1冊注文して、できを見る。何度も「やり直す」のはよくない。ここの場合、そのぶん、「違う商品」になってIDも別のものになるので、それだけ、どれが一番いいものか、わからなくなってしまうのだ。よって、ある程度読めるものなら、一発勝負で、それを「決定版」とするしかない。しかし、在庫を抱えるわけではないので、ロングセラーを狙える。というか、いつでも、「思いたった時」に、売ることができるので、「期間」を気にする必要はない。

 

最近の詩集を研究するに、注目されている詩人は簡素な作りで、ド素人が、どんどんりっぱな装丁の詩集を作る傾向にある。中身は、ぺらんぺらん、である(笑)。そういう商売が横行している。

 

はっきりいって、大作家の文学全集ではないので、「初出一覧」もいらん(どうせ、どこかの同人誌か、数作は、「現代詩手帖」とか、あのあたりである)。

 

表紙などのデザインに関しては、色校正とかいうが、本の色の調子の違いなど、読者はいちいち見ていない。それだけ時間が取られる。あれも、古き慣習、しかも、既存の出版社で行われていたのを、なぞって、それらしく見せて、満足を味わっているにすぎない。スティーヴ・ジョブズも、パソコンを売る際、誰もがやっていて、その実、意味はなかった商習慣を、廃止した。そういう、よく調べてみると意味のない習慣や行程が、出版界といわず、商業界全般には、けっこう多いと思う。

 

自費出版作者は以上のようなことにも留意すべきである。

あ、でも、この製直.comで、自分ひとりで、ちゃんとした本を作る場合は、Word、PaintShop、Pdfなどのソフトには、ある程度通じていないとハナシにならない。もっと簡単な「お手軽コース」も用意されているにはいるが。

 

 


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