「フーコーを読む」1 [哲学]
「フーコーを読む1」
"Dits et écrits Ⅰ,1954-1975"
本書には、単行本以外の著作(序文、対談などを含む)、インタビューなどが収められている。フーコー最初の活字になった仕事は、スイスの精神病理学者、ルートヴィヒ・ビンスワンガーの論文「夢と実存」の仏訳に付けられた序文であるが、この序文は本文の半分以上ある。
本書のタイトルは、原文どおり、「Introduction」(序文)。
まず、エピグラムとして、ルネ・シャールのアフォリズム形式の詩集『Partage formel』(「形式の分割」(さまざまに訳されるが、一応の訳語である)より、22章が掲げられているが、中盤省略されている。
【キーワード】familier(慣れしたんだ)
*****
のっけからインスパイアされる文章である。
il ne s'agit pas, dans ces pages d'introduction, de refaire, selon le paradoxe familier aux préface, le chemin qu'a tracé Binswanger lui-même dans Le Rêve et l'Existence.
この序文では、序文によくあるパラドクス、つまりビンスワンガーが『夢と実存』のなかで辿った道筋を辿りなおすということはしない。
le paradoxe familier aux préface
フーコーらしい表現である。『言葉と物』("Les mots et les choses")の序文でも、
Ce livre a son lieu de naissance dans un texte de Borges. Dans le rire qui secoue à sa lecture toutes les familiarités de la pensée__de la nôtre : de celle qui a notre âge et notre géographie____
この本は、その誕生の場所を、ボルヘスのテクストに負っている。われわれが慣れ親しんだ思考、われわれの時代、われわれの地理学上の思考、その読解をひっくり返す笑いのなかに
toutes les familiarités de la pensée
つまり、われわれが自明であると思っているものをこれからひっくり返すぞ、とのっけから予告しているのである。
短い表現の中に、多くの考えを入れ込んでいく、そんな感じだ。
コメント 0