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【詩】「闇の中の黄色いママレモン」 [詩]

「闇の中の黄色いママレモン」


 


 いま私がいる闇は台湾のサトウキビ畑の中あるいは、フィリピンはレイテ島のカンギポットの丘の木陰あるいは、おそらく、シリアはダマスカス国際空港にある地下牢にちがいない。両手首を縛り上げられて梁のような天井に渡された鉄の棒に吊されてすでに何時間、いや半日以上が経っているはずだが、すでに手首に感覚はなく、アサド政権の秘密の地下牢というよりは、東京の下町の長屋、にいるような気がしている。いずれにしても闇だが、その中で、ぼーっと黄色い瓶が並んでいるのが見える。それは、商品名「ママレモン」といって、すでにレトロな商品だ。チャーミーとかなんとかべつのもっと新しい商品が一般的だが、私はこの古いママレモンにこだわっている。それを大量に買って台所の流しの高い棚に並べているのは、そう、切れた時の用心のためだ。と思われるかもしれないが、私とて、こんなにたくさんのママレモンなどいらない。いや、いつ近所のスーパーに買いに行けなくなるかもしれないから、安い時に買っておいたのだ。「手にやさしい」とか、「今」ではいろいろ新しい台所洗剤が出ているから、もうママレモンは時代遅れ、やがては消えていく商品なのだ。だいたい容器が「透明でない」というのは、完全に旧式の証拠だ。なのに、私はそれに拘っている。それは私が、台所洗剤に求めるものは、茶碗がきれいになればいいのであって、「手にやさしい」必要はない。入っているのは、洗剤に決まっているのだから、透明で中味が見えている必要はない。それで今はやっているのより五十円くらい安ければ、十個買った場合、五百円の節約になる。そう、節約、それがなにより重要だ。それにしても中国共産党の幹部たちはけしからんな。『資本論』を誰も読んでいないというではないか。それにしても、大岡は、なぜあのように、数字に拘るのか? 数字ばかりの小説ではないか。あれではExcelがいる。Excelで処理する必要がある、というか、表にする必要があるな、最低。だがレイテ島がどうしたと私は言いたい。私のいる地下牢は、かなりの広さ、そう、国際空港ぶんの広さがありながら、「満員」で、疲れても横になることができないのだ。幸い、私は吊されている。もう声も出ない。ときどき気を失うのを待つばかりだ。2011年から2013年、拷問死した者の数を聞けば、さすがの大岡も腰を抜かすだろう。1万1000人以上だ。それはちょうど、レイテ島で日本軍壊滅ののち、カンギポット周辺に集まり、ゲリラの襲撃と飢えとで死んだ日本兵の数と同じだ。これも戦争には違いないが、昔の戦争で死んだ方がましだったと思えるかもしれない。それにしても、同い年のハーバート・ノーマンがエジプトで自殺するとはな。マッカーシズムに抗議してだって。ノーマンは日本生まれ、マッカーサーといっても、あのマッカーサーではないけどな、将軍の方のマッカーサーの側ではなかったにちがいない。しかし彼の父、「宣教師」というのは曲者だ。フィリピンにやってきたのも、そんな善意の宣教師だ。そう、昔の戦争の方が「しあわせ」だった、「今」はそんな時代か。「未来」には、アサドの地下牢。手首が壊死して切断しなければならない者もいたが、私は幸運にも食い込みの跡だけすんだ。私は釈放され、というか、車で運ばれて、ダマスカスの中心で放り出された。人が人を故意に痛めつけるとは、いかなる理由か? なんのために? 同じ国民同士なのにな。台湾人を人とも思わなかった日本人が、「未来」には格安飛行機で観光に行く。もちろん優越感いっぱいで。なにもかも唾棄すべきイメージ。私の質素な台所のママレモンだけがひそやかに、その場所を占め、昭和的な黄色、プラスチックのうす黄色い光を放ち続ける……それにしても、このgoogleマップ、使い物にならんな。レイテ島の要所を表示するのに、えらい時間がかかる。レイテ島だなんて、私は大岡昇平なのか? いやちがう。鹿児島の梅崎春生の葬儀に出て、その闇をじっと見つめている、般若豊だ。



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